その73 気分を無視して行動する (Let It Go)
精神科医療において最も頻度の高い疾患が不安症です。不安症の中には、全般性不安症(常に悪いこと考えてしまう)、パニック症(特に理由がないのに不安になる)、社交不安症(対人関係の過度な緊張感)、強迫症(強いこだわりがある)があります。「完璧でなければならない」「汚れてはいけない」といった非合理的な信念や自己規律が強く働き、日常生活に支障きたします。強迫症の患者は、意味のないと分かっていても「考えを抑え込もう」「行動をコントロールしよう」とするほど、症状(強迫観念や強迫行為)が悪化する傾向があります。
特に日本人はいくつかの文化的・社会的背景が影響して、不安症になりやすいといわれています。
① 高い完璧主義傾向 日本は「失敗を避ける文化」や「きちんとしなければならない」という社会規範が強く、几帳面・潔癖・完璧主義的傾向が不安症状を誘発しやすい。
② 恥文化・他者の視線の意識 「周囲に迷惑をかけてはいけない」「人からどう見られるかを気にする」文化は、対人不安や確認強迫の土壌となる。
③ 心理教育の不足「不安を感じるのは弱いこと」という誤解や、精神疾患への偏見が根強く、早期介入や認知行動療法的な教育が進みにくい。
④ 集団主義と「型にはまる」圧力 多様な考えや行動が認められにくい環境では、強迫的なルールや儀式を自分に課しやすくなる。
また下図のような認知(考え方)の歪みによって、自分が許容できることが少なく(ストライクゾーンが狭く)なり、ストレスを感じることが多くなります。このような人は対人関係を築きにくく、疲れやすい体質になってしまいます。

1990年代に提唱されたACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)*というセラピーがあります。ACTは「不安や強迫観念を消そうとする努力をやめ、それらを受け入れ、自分の価値に沿った行動に集中する」というもので
す。例えば「手を洗わないと不安になる」→ ACTでは「その不安を感じてもよい」と受け入れ、行動は価値に従う(例:家族と過ごす)。「考えを消したい」→ 「その考えはそのままでいていい」として手放す(Let It Go)。
マインドフルネス**は「今この瞬間に注意を向け、評価せずに観察する」技法です。強迫観念(が浮かんでも、それに反応せず、「今ここ」に注意を集中します。例えば、手を洗いたい衝動があっても、呼吸や身体感覚に意識を集中するのです。ある患者さんは「ゆっくり呼吸をして、空気が鼻の穴を通る感覚に意識を集中すると不安がなくなる」と話されました。
森田療法***は、日本で生まれた独自の精神療法で、森田正馬(もりた まさたけ)博士によって1919年に体系化されました。不安神経症(現在でいう強迫性症やパニック症など)を対象とした治療法で、不安や症状を排除せずに「あるがまま」に受け入れ、自然な生活行動に没頭することを治療の柱としています。

例えば「ドアを閉めたか」「ガスを止めたか」などの確認を1日数十回行う方がいて、確認しないと不安が高まり、出勤や外出が困難になっている場合を考えてみます。初期には、確認したくなる気持ちを「自然な不安」として捉えるよう指導します。中期には、確認衝動を感じても「確認せずに行動を続ける」課題に取り組みます。後期になると、仕事や家庭生活に意識を向け「確認に時間を使うことの無意味さ」に自ら気づくのです。現在国内には、不安症に適応のある薬剤は30種類以上ありますが、薬物療法は不安を軽減させる補助的な役割を持っていますが、治療の根本は「不安を無視して行動すること」です。すぐに治す事は困難ですが、
自然に治ることがあります。
治療する側の医師が不安症傾向の場合は、何とか治そうとする余りにあれこれと薬を使い、どれも効かないので医師も患者も疲弊してしまいます。患者は「もう通院しても意味がないのでは」と考えるたり、医師も「もう治せない」と匙を投げたくなったりします。ここでも「早く治りたい」や「早く治そう」と強く思いすぎると、エネルギーの無駄な消費につながりますので、常にリラックスした関係を継続することが大切です。
以前に「継続は自己肯定である」というコラムを書きましたが、この場合の自己肯定は「継続は相手への敬意である」と言い換えられると思います。私は、通院されている患者さんに対して、①敬意(こんなに辛いのに長時間待って、なかなか治らないのに診察を受けて、毎月来てお金を払ってくれる)、②責任(社会的援助を紹介したり、最新の治療法を検索し続ける)、③祈り(きっと治ります、早く治ってもらいたい)を信条にして診療しています。30年近く診療を続けている方もいます。
このように「答えのない状態に耐える力(negative capability)****」は、困難な問題に直面した際に、焦らず、その状態を受け入れる力を指しています。現代社会は処理すべき情報量が大きく、VUCA(変動的、不確実、複雑、曖昧)の時代といわれており、この能力が重要視されています。不安な気分になりやすい人は、認知の歪みがないか自己分析し、気分を無視して行動すると、快く生活ができるはずです。
以上です。
* Acceptance and Commitment Therapy: An Experiential Approach to Behavior Change(1999
年) アメリカの心理学者スティーヴン・C・ヘイズ(Steven C. Hayes)博士
** Kabat-Zinn, J. (1982). An outpatient program in behavioral medicine for chronic pain patients
based on the practice of mindfulness meditation: Theoretical considerations and preliminary
results.General Hospital Psychiatry, 4(1), 33‒47.
DOI: 10.1016/0163-8343(82)90026-3
*** 「神経質ノ本態及療法」1919年(大正8年) 『精神神経学雑誌』第14巻 第1号 精神科医 森田正馬(も
りた まさたけ) 1874年(明治7年)~1938年(昭和13年)
****John Keatsʼs Letter to George and Tom Keats, December 21, 1817
特に日本人はいくつかの文化的・社会的背景が影響して、不安症になりやすいといわれています。
① 高い完璧主義傾向 日本は「失敗を避ける文化」や「きちんとしなければならない」という社会規範が強く、几帳面・潔癖・完璧主義的傾向が不安症状を誘発しやすい。
② 恥文化・他者の視線の意識 「周囲に迷惑をかけてはいけない」「人からどう見られるかを気にする」文化は、対人不安や確認強迫の土壌となる。
③ 心理教育の不足「不安を感じるのは弱いこと」という誤解や、精神疾患への偏見が根強く、早期介入や認知行動療法的な教育が進みにくい。
④ 集団主義と「型にはまる」圧力 多様な考えや行動が認められにくい環境では、強迫的なルールや儀式を自分に課しやすくなる。
また下図のような認知(考え方)の歪みによって、自分が許容できることが少なく(ストライクゾーンが狭く)なり、ストレスを感じることが多くなります。このような人は対人関係を築きにくく、疲れやすい体質になってしまいます。

1990年代に提唱されたACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)*というセラピーがあります。ACTは「不安や強迫観念を消そうとする努力をやめ、それらを受け入れ、自分の価値に沿った行動に集中する」というもので
す。例えば「手を洗わないと不安になる」→ ACTでは「その不安を感じてもよい」と受け入れ、行動は価値に従う(例:家族と過ごす)。「考えを消したい」→ 「その考えはそのままでいていい」として手放す(Let It Go)。
マインドフルネス**は「今この瞬間に注意を向け、評価せずに観察する」技法です。強迫観念(が浮かんでも、それに反応せず、「今ここ」に注意を集中します。例えば、手を洗いたい衝動があっても、呼吸や身体感覚に意識を集中するのです。ある患者さんは「ゆっくり呼吸をして、空気が鼻の穴を通る感覚に意識を集中すると不安がなくなる」と話されました。
森田療法***は、日本で生まれた独自の精神療法で、森田正馬(もりた まさたけ)博士によって1919年に体系化されました。不安神経症(現在でいう強迫性症やパニック症など)を対象とした治療法で、不安や症状を排除せずに「あるがまま」に受け入れ、自然な生活行動に没頭することを治療の柱としています。

例えば「ドアを閉めたか」「ガスを止めたか」などの確認を1日数十回行う方がいて、確認しないと不安が高まり、出勤や外出が困難になっている場合を考えてみます。初期には、確認したくなる気持ちを「自然な不安」として捉えるよう指導します。中期には、確認衝動を感じても「確認せずに行動を続ける」課題に取り組みます。後期になると、仕事や家庭生活に意識を向け「確認に時間を使うことの無意味さ」に自ら気づくのです。現在国内には、不安症に適応のある薬剤は30種類以上ありますが、薬物療法は不安を軽減させる補助的な役割を持っていますが、治療の根本は「不安を無視して行動すること」です。すぐに治す事は困難ですが、
自然に治ることがあります。
治療する側の医師が不安症傾向の場合は、何とか治そうとする余りにあれこれと薬を使い、どれも効かないので医師も患者も疲弊してしまいます。患者は「もう通院しても意味がないのでは」と考えるたり、医師も「もう治せない」と匙を投げたくなったりします。ここでも「早く治りたい」や「早く治そう」と強く思いすぎると、エネルギーの無駄な消費につながりますので、常にリラックスした関係を継続することが大切です。
以前に「継続は自己肯定である」というコラムを書きましたが、この場合の自己肯定は「継続は相手への敬意である」と言い換えられると思います。私は、通院されている患者さんに対して、①敬意(こんなに辛いのに長時間待って、なかなか治らないのに診察を受けて、毎月来てお金を払ってくれる)、②責任(社会的援助を紹介したり、最新の治療法を検索し続ける)、③祈り(きっと治ります、早く治ってもらいたい)を信条にして診療しています。30年近く診療を続けている方もいます。
このように「答えのない状態に耐える力(negative capability)****」は、困難な問題に直面した際に、焦らず、その状態を受け入れる力を指しています。現代社会は処理すべき情報量が大きく、VUCA(変動的、不確実、複雑、曖昧)の時代といわれており、この能力が重要視されています。不安な気分になりやすい人は、認知の歪みがないか自己分析し、気分を無視して行動すると、快く生活ができるはずです。
以上です。
* Acceptance and Commitment Therapy: An Experiential Approach to Behavior Change(1999
年) アメリカの心理学者スティーヴン・C・ヘイズ(Steven C. Hayes)博士
** Kabat-Zinn, J. (1982). An outpatient program in behavioral medicine for chronic pain patients
based on the practice of mindfulness meditation: Theoretical considerations and preliminary
results.General Hospital Psychiatry, 4(1), 33‒47.
DOI: 10.1016/0163-8343(82)90026-3
*** 「神経質ノ本態及療法」1919年(大正8年) 『精神神経学雑誌』第14巻 第1号 精神科医 森田正馬(も
りた まさたけ) 1874年(明治7年)~1938年(昭和13年)
****John Keatsʼs Letter to George and Tom Keats, December 21, 1817