その64 うつ病の診断と治療
うつ病の診断と治療

嫌な事があって気分が落ち込み、何もやる気がなくなり、あれこれ考えて夜も眠れなくなり、朝起きても仕事に行きたくないという経験は誰にでもあると思います。すぐに精神科に行く人はほとんどいません。大体は「一晩眠ったらスッキリした」「友達と遊んだら忘れた」「人に話したら楽になった」などと、すぐに治ってしまいます。2週間以上続く場合は「うつ状態(major depressive episode )」といいます。(参考)ベックのうつ病スコア

この状態が1ヶ月以内に消失するものを急性ストレス反応と呼びますが、2ヶ月以上続く場合は、うつ病の可能性が高くなり、精神科受診が必要になります。初期症状は、頭痛、めまい、腹痛、腰痛、体重減少などで、うつ病の70%の人は、最初に内科、耳鼻科、整形外科などを受診します。

内科などで異常がない場合は、精神科を紹介されます。私たち精神科医は、下の表のようにまず外因性(体の疾患でうつ状態を呈するもの)でないことを確認します。次に発症状況(きっかけがあったかどうか)を確認します。古典的には発症にきっかけがあったものは心因性(ある出来事に対する心的葛藤)とされ、狭義のうつ病ではなく神経症に分類されます。病名では、適応障害や反応性うつ病となります。そしてきっかけなく発症したものを内因性(脳の機能異常、原因は今でも明らかになっていない)といい、これが狭義のうつ病とされていました。

1960年代にメランコリー親和型うつ病という概念が、ドイツ人精神科医テレンバッハにより発表され「一見心因性とみられるが 実際は内因性であるうつ病」つまり発症のきっかけはあったが、その人が元々もつ性格(病前性格)が発症に関与するとされました。病前性格としては、几帳面、秩序愛(環境変化を嫌う)、他者配慮(他人への迷惑を嫌う)が有名です。このような人は、何か嫌な事があっても人には相談せず、会社を休まず頑張ってしまうので、心身の疲れが蓄積し、あるところで爆発して仕事ができなくなります。

よくあるのが、部署内の人間関係によって発症したうつ状態です。一般的には部署移動すれば解決すると考えますが、メランコリー親和型(心因性+内因性)であれば、部署移動しても症状は改善しません。あれこれ頭の中で考える状態(反芻思考)が止まらず緊張状態が続き、心身の疲れが取れないのです。これは60年代から90年代の高度成長期(ドイツと日本のみにみられた)に特徴的なうつ病でした。

このような時は、十分な休養をとらせ、完全に治ることを説明し、薬物療法を行います。一方で単なる心因性の場合は薬物療法の効果は乏しく、環境を整えることで改善します。

2000年以降、メランコリー親和型性格(几帳面、秩序愛、他者配慮)によるうつ病は激減し、現代型(回避的、自己中心)、双極性(気分のムラ)、神経発達症(空気を読めない)などの特徴をもつうつ状態の割合が増えています。これらの症状は抗うつ薬でむしろ悪化するので、気分安定薬や非定型抗精神病薬を使用します。実際には「挨拶の仕方」「行動予定表」「簡易日記」などを併用して、日常生活指導を行います。

私が大学を卒業した頃(平成元年)には、精神科クリニックはほとんど見かけませんでした。精神科といえば、幻覚や妄想で興奮状態となる統合失調症を強制入院させる精神科病院が中心でした。平成7年に副作用が少なくよく効く非定型抗精神病薬が使用可能となり、2000年(平成12年)代からパワハラという概念が社会に浸透すると、うつ病の患者が増加しました。精神科クリニックもグラフの通り激増しています。



精神科受診の敷居が低くなったのは、うつ病の早期診断と治療には好ましいことですが、最近では「夫婦不和」や「学業不審」など日常生活における苦悩を過剰に医療化している、というマイナスの点も指摘されています。

このように、うつ病をするには家族の話なども参考にして、その病態を正しく見極めることが大切です。 
            以上です。

(参考)
メランコリー [改訂増補版]みすず書房 1985年
こころもメンテしよう(厚労省サイト)
千葉県医師会サイト
2024.08.05 15:35 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その63 暑熱順化と梅干しで夏を乗りこえよう
年々暑さが厳しくなっています。メキシコでは気温が50度を超え、野生の猿が100頭以上死んだというニュースがありました。昨日も静岡県の気温は40度になったとのことです。梅雨の合間の猛暑日は体が暑さに慣れていないため、熱中症になりやすいことが知られています。



図は環境省が発表する熱中症警戒アラートです。暑さ指数(WBGT)*が31度以上は「危険」とされ、屋内でじっとしていても熱中症になる可能性があります。

発熱と熱中症の違いはなんでしょうか。体温調節は、脳の視床下部で行われます。通常は36.5度から37.度に設定されています。ウイルスや細菌感染が起きると、視床下部は免疫反応を高めるため、設定温度37.5度以上に変更します。これが発熱です。それに対して熱中症では、視床下部が設定温度を変更していないにも関わらず、正常な体温が維持できなくなった状態です。体温調節できなくなる理由は、汗のかきすぎで脱水状態になり、発汗による気化熱や血液循環による皮膚からの放射熱が減少するからです。

まさに冷却水がなくなった車のエンジンと同じです。

熱中症予防のためには、夏本番となる前に暑さに馴れること(暑熱馴化または順化 HeatAcclimation )が大切になってきます。暑さに馴れるためには、定期的に汗をかく運動や筋トレをすることと、水分ミネラルを十分に摂取することが大切です。馴化すると、同じ運動でも発汗量、循環血液量が増加するため、体温を調節しやすくなります。




環境省熱中症予防サイトhttps://www.wbgt.env.go.jp

ミネラルは、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどで、神経や筋肉が正常に活動するために必要です。大量の発汗でカリウムやカルシウムが欠乏すると、筋硬直(こむら返り)が起きます。ナトリウムが低下すると、意識が朦朧としてきます。

WBGT=Wet Bulb Global Temperature 温・湿度・風速・輻射熱を総合的に考慮した数値(単位は、度=℃)

つまり、汗を大量に書いて、顔が真っ赤になり、足がつっている状態は、熱中症のI度に分類され、運動の中止、水分補給、体の冷却が必要になります。ミネラル補給に一番のお勧めは、梅干しです。汗を掻く運動をするときは1日2個、それ以外では1日1個食べると体調が整います。室内ではクーラーを効かせすぎると血行不良などの原因になりますので、クーラーの設定を26度ぐらいにして、扇風機を併用しましょう。



私は上の梅干しを愛用しています。1kgで3,980円です。

以上です。
2024.07.07 12:05 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その62 体脂肪を減らす(王道なし)
体重計に乗るたびに、体重は標準値をキープしていますが、体脂肪率がどうしても減りません。体脂肪率の基準値は男性で10~20%、女性で20~30%です。標準体重は、BMI(22)×身長(m)の2乗;身長178cmの私なら、22×1.78×1.78=69.7kg と算出されます(現在72kg、BMI=22.8)。身長は同じでも体脂肪率が変わると、見た目も全然違います(下図)。


 
ω(オメガ)3脂肪酸ダイエット先日、50代の患者さんから、亜麻仁(あまに)油をスプーン一杯毎日飲み始めたら2週間で体重が2kg落ちました、という話を聞きました。なんでもテレビで話題になっている「ω(オメガ)3脂肪酸ダイエット」を実践されたとのことでした。私も早速始めてみましたw。

ω3脂肪酸は、常温で液体の不飽和脂肪酸(植物性脂肪)に分類され、常温で固体の飽和脂肪酸(動物性脂肪)と比較すると体内の脂肪を低下させ、健康的な油と言われています。実際に我々も診療で中性脂肪の高い患者さんにω3脂肪酸(EPA)を処方します。添付文書上は、服用によって中性脂肪を14~20%減少させたという臨床試験の結果が示されていますが、その薬を処方した感じでは、体重減少や中性脂肪低下への効果は実感できません。

よく肥満傾向の患者さんに食事について尋ねると「ご飯は少なめにして間食もしません」と答える人がいます。私は「体重を減らすには、①カロリー摂取を減らすか、②カロリー消費を増やすかのどちらかですよ」と説明していました。

糖質制限食
①でも②でもない、③糖質制限食(摂取カロリーは同じだが、糖質摂取の割合を50%以下にする)が糖尿病治療において注目されています。理屈としては、糖質を制限して有酸素運動を30分程度続けることで、エネルギー源が糖質から脂肪にスイッチして体内の脂肪も消費される、というものです。これも30分以上の有酸素運動なしに糖質制限のみ行っても効果はありません。糖質を制限し過ぎると、筋肉や脳の働きを弱めてしまうためよくありません。糖尿病診療ガイドラインによれば、糖質制限食の場合1日130g程度にするのがよいとされています。ちなみにご飯を茶碗に軽く1杯で糖質約50gです。これも、トータルの摂取カロリーが変わらない場合の効果は乏しいことが知られています。

ボディビルの食事
それでは、ボディビルダーはどうしているのでしょうか?なんと1日5~6回食事して4000から5000kcalを摂取(PFC管理:タンパク質35%、脂肪15%、糖質50%)し、体重の2~3倍程度のタンパク質をとるというのです。そのカロリーを消費するために、週に4~5回1~2時間のトレーニングをします。反対に大会前になると、摂取カロリーを1000kcalまで制限して体脂肪率を一桁まで落とすそうです。これでは、体に大きな負担となります。ボディビルダーの真似をしてプロテインパウダーの飲む人がいますが、普通の食事のままででそれをすると、カロリーオーバーになります。

まとめ
どうやら、体脂肪減少に王道はないようです。摂取総カロリーを制限し、糖質を控え、植物性タンパク質を増やすことで適正体重を保ち、植物性脂肪(亜麻仁油)を毎日とり、週に60分程度の汗をかくような運動と週3回の筋トレをコツコツ続けることが重要です。あるボディービルダーチャンピオンは「やる気がしないときでもやる精神力があるかどうかで決まる」と述べています。亜麻仁油を飲むだけではダメそうです。


以上です。

糖尿病診療ガイドライン2024
Low-Carbohydrate Diet Macronutrient Quality and Weight Change
JAMA Netw Open. 2023;6(12)
2024.06.11 14:59 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その61 風邪のあとに長引く咳と炎症
外来に、風邪の後に咳が長引きます、という患者さんが毎日のように訪れます。風邪などウイルス感染後に咳が続く理由は、ウイルスそのものが原因ではありません。ウイルスは、1週間程度で体内の免疫反応により排除されます。ところが、体質や疲労などが原因で、ウイルスがいなくなっても、免疫反応が続く場合があります。免疫反応が続いた結果、鼻や気管支粘膜が腫れた状態(炎症)が起こります。

炎症が長引きやすい人は、花粉症やじんましんを持っていたり、蚊に刺されると大きく腫れる人などです。簡単に言うと、白血球が働き者の人は炎症が長引きやすいのです。炎症は英語でinflammationといい「炎が燃え盛る」という意味です。

免疫の中心は血液中の白血球ですが、異物に反応してさまざまな化学物質(chemicalmediator)を血管内に放出します。主な化学物質は、ヒスタミンやロイコトリエンで、これらは毛細血管を拡張させるので、粘膜が赤く腫れてしまいます。この状態が炎症です。血管透過性も高めるので、血管内から血漿成分(水分やグロブリンなど免疫に関与するタンパク質)が漏れ出します。これが鼻水や痰の成分です。この炎症は放っておくと1ヶ月以上
続くこともあります。





上図は気管支の解剖図です。気管は23回分岐して肺胞に到達します。肺胞の直径は400μm
ありますので、花粉や黄砂などの微粒子は容易に進入できます。



大気中には、花粉、黄砂、カビ、その他PM2.5呼ばれる微粒子が、浮遊しています。これ
ら微粒子が気管支粘膜に付着すると、白血球が活性化され炎症が引き起こされます。上の
図に示したように、花粉、黄砂、カビ、PM2.5、ウイルスの順に小さくなっていきます。
気管支終末の肺胞の大きさは、直径約400μmですので、これらの微粒子は、容易に肺の奥
まで届いてしまいます。



最も重要な治療はステロイド(白血球の活動を弱める)吸入薬で、抗ヒスタミン、抗ロイ
コトリエンなどの内服も併用します。風邪の後咳が長引く(1週間以上)ときは、気管支
に炎症が起きていますので、医療機関を受診しましょう。
以上です。
2024.05.14 17:34 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ
その60 心の器を広げるということ
4月になると周囲の環境の変化が色々とあると思います。自分の異動はなくても、退職される人、新入社員など人の入れ替わりがあると環境が変わります。人は新しい環境に置かれると、軽微な緊張感や疲労感が蓄積して、脳の働きが低下してきます。車で例えるなら、エンジンオイルが古くなって、アクセルを踏んでも吹け上がらないような状態です。

一時的に疲れがたまって作業効率が上がらない時は、大きく伸びをしてあくびをすると、新鮮な空気が体に取り込まれ、リフレッシュできることは皆さんもよくご存知だと思います。ところが、疲労蓄積が慢性化すると、何をやってもなかな頭が働かなくなってしまいます。やる気がなくなったり(意欲低下)、気分が落ちこんだり(抑うつ気分)、同じことを堂々めぐりで考えてしまう(反芻思考)などの症状が2週間以上続く時は、うつ状態と言われます。

うつ状態とうつ病の違いは何?とよく質問を受けますが、「状態」とは今現れている症状のことを指します。「病」とは医学的な病名になります。うつ状態を呈する病名はたくさんあります。甲状腺機能低下症(他ホルモン異常)、脳梗塞、パーキンソン病、認知症、アルコール依存症、統合失調症、躁うつ病、うつ病、神経発達症、更年期症候群などです。

我々精神科医は、うつ状態の人を見た時は、他の病気が隠れていないか、血液検査や必要であれば頭部MRIなどを行います。他の病気が考えにくい時に初めて「うつ病」と診断します。また、人事部の方から「うつ病」と「適応障害」はどう違うのかと質問されることがあります。「適応障害」は、3ヶ月以内のストレス要因が原因で発症し、ストレス要因がなくなれば半年以内に症状が改善するものを指しますが、両者の線引きは非常に困難です。


      
ここからは私見ですが、心の中に①のようなコップ(心の器)があり、ストレスで水が溢れてしまった状態を「適応障害」とします。大体1ー2ヶ月も休んでコップの水を空にすれば、回復します。ところがストレスを受けすぎて、②のようにコップが小さくなってしまうとどうでしょう。中の水を空にしても、またストレスを受ければすぐに溢れてしまいます。このおちょこの状態がうつ病です。

おちょこのように小さくなってしまった心の器は、自分の努力ではもとのコップに戻すことは難しいです。脳の中の神経伝達物質のバランスが崩れているので、適切な薬物療法が必要です。薬を飲むことで、おちょこ程度の心の器は1週間ぐらいで、コップの大きさまで戻ります。精神科の治療では、このコップを③のように大きなタンクぐらいに広げることを目標とします。心の器が大きくなると、ストレスを受けても全然平気ですし、ストレスを自分で流すこともできるのです。

心の器をコップ以上に広げるには、薬物療法だけでは困難です。そのためには自己管理を再確認する必要があります。心の器を広げる自己管理は、①姿勢、②呼吸法、③ 考え方です。①は上虚下実(自下半身に力を込めて上半身をぶらぶらにすること(くらげ状態)) 。これにより頭の血流が増えて、気持ちがリラックスします。②は禅の呼吸といって、ゆっくりと鼻から息を吐くこと。息を吐くと心拍数が遅くなり気持ちが落ち着きます。③考え方は、自分も他人も全てを許すことです。合言葉は「まあいいか」です。「~すべき」という考えにとらわれると、緊張感が生じ、頭が疲れてしまいます。

心の器が大きくなると、今まで苦手だった環境においても、リラックスした状態保つことができます。人間の心の器は年と共に自然に大きくなります。そして、死ぬ直前が無限大になります。皆さんも通勤中や会議中に上に示した自己管理を行ってみて下さい。頭がスッキリして気持ちが前向きになります。私もいつもこれを意識して診療しています。全然疲れません。

以上です。

参考)くらげ体操 https://www.sannoclinic.jp/cafe/archives/art/00062.html
2024.04.15 12:12 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 健康一口メモ

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